○ 私は、2月9日付け「奮闘記」でこの法案について、@私権を制約するに足る立法事実が存在しない、A調査の対象が際限なく広がり、思想・良心の自由、信教の自由、集会結社及び言論、出版その他表現の自由を保障した基本的人権を侵害しかねないと指摘しました。
その後、明らかになった事実をもとに更に検討したいと思います。
1,政府の説明は、次の通りです。
@先ず立法事実です。立法事実そのものについて政府からの説明はありませんが、「外国資本等による土地の売買や適切な管理体制を構築するための法整備」を求める自治体からの意見書や「国土利用の実態把握の関する有識者会議」の「提言」(以下、単に「有識者会議の提言」と言います)が提出されました。
A調査について。調査方法としては、現地調査、公簿収集、所有者からの報告徴収に限られ、立ち入り調査は行わないことになりました。
B特別注視区域の事前届出について。同区域内の土地等売買契約は、事前届出の対象とされました(法第12条)。しかし、同法違反の売買契約は、罰則の適用はあっても(法第26条)、民法上の効力について何ら規制はなく所有権等の権利の移転は有効になされてしまいます。従って、好ましくない外国人による土地取得を拒むことはできません。
C利用規制について。法第22条は(国による土地所有の買取り等)と題して「国は、・・(中略)・・国が適切な管理をおこなう必要があると認められるものについては、当該土地等の所有権・・(中略)・・の買取りその他の必要な措置を講ずるよう努めるものとする」と規定しています。この規定は、国に努力義務を課しただけで、土地を売却しようとする所有者に応諾義務を課したものではありません。従って、土地所有者が好ましくない外国人に土地を売却することを防ぐことはできません。
2,これらの政府の説明や法案を前提にすると以下のことが問題となります。
@ 本法案は、地方自治体の「意見書」や有識者会議の提言に応える内容に成っていないという事です。「外国資本等による土地売買等に関する法整備を求める意見書」は多くの自治体から提出されています。また、有識者会議の提言でも「経済合理性を見出し難い、外国資本による広大な土地の取得が発生する中、地域住民を始め、国民の間に不安や懸念が広がっている」と指摘し、さらに「安全保障は、安心・安全及び自由な経済活動の基盤である。・・(中略)・・この土地を巡る問題についても、できる限り速やかに、政府としての対応方針を決定し、実行に移すことが必要である」と、本法成立の必要を説いています。
しかし、1,A、B、Cで述べた通り、本法は、これらの自治体からの要請には全く応えられておりません。地方住民の不安や懸念を本法作成の背景事情と説明しながら、これら住民の不安や懸念の解消に何ら答えられない本法案は、一体何のために立法されるのか根本的な疑問を感じざるを得ないのです。
A「調査」は不要。
・本法8条1項は、「土地の利用者が・・(中略)・・機能を阻害する行為の用に供」すると「認めるときは、・・( 中略)・・当該行為の用に供さないことその他必要な措置 を取るべき旨を勧告することが出来る」と規定しています。更に同条2項は、勧告に従わない場合には「当該措置を取るべきことを命ずることが出来る」し、違反者には罰則をもって担保しています(法第25条)。「機能を阻害する行為」とは、政府の説明によれば、電波妨害、ライフライン供給の阻害、坑道の掘削による施設への侵入等の準備行為等を指すとされています。
・以上の通り、結局本法によって本法第1条所定の「目的」を実効的に規制できる「利用規制」は、同第8条所定の、「機能を阻害する利用行為の中止の勧告及命令」だけという事になります。そして、法第8条によって禁止される行為は「電波妨害、ライフライン供給の阻害、坑道の掘削による施設への侵入等への準備行為等」と具体的に明示されていますので、これらに該当する事実の有無が問題であって、本法が予定している「調査」は、以下の通り不要であります。
本法は、全国的に広範な区域を指定し、その区域内に住む膨大な住民の土地・建物について、その所有者情報(氏名、住所、国籍等)や利用実態を調査する権限を国に許容しようとする法案です。しかし、既に述べた通り、本法第8条と調査とは、何らの必然性も必要性もありません。また、多くの国民に故なく私権の制約を強いることは、有害ですらあります。
3,「目的」規定の曖昧さ
本法案の目的は「土地等が・・(中略)・・重要施設等の機能を阻害する行為の用に供されることを防止するため」(法第1条)とされています。
目的規定の曖昧さは、法案全体の曖昧さに通じます。ここで、政府の説明を求めたいと思います。
@法第8条は、重要施設等の「機能を阻害する行為の用に供し」と法第1条の目的規定と同様の文言を使っていますが、両者は同じ意味か。仮に法第1条の方が広い概念とすれば、どのような事例を想定しているのか、具体的に示されたい。
A外人や外国資本による不動産の売買で法第1条所定の「機能を阻害する行為の用に供される」に該当する場合はあるか。あるとすれば、どのような場合か。
B氏名、住所、国籍が明らかになったとしてもそれだけで「機能を阻害する」か否かの判断はできないと思うが、調査事項に「氏名、住所、国籍等」を入れた理由は何か。
C仮に、法第1条所定の「機能を阻害する行為の用に供される」に該当する事実があったとして、本法の解釈は1のA、B、Cのままで良いと考えるか。
4,本法案を検討していて、推進者の皆さんの気になる言葉があります。それは、「この法律は、調査が目的ですので実害はありません」という言い方です。
@本法は、調査が目的
・有識者会議の提言には、かつて「防衛省・内閣府が防衛施設周辺、国境離島を調査したが、制度の裏付けがなく、利用実態等が必ずしも十分に把握できなった」、現状では「所有者の国籍、利用実態の情報が十分に収集できない」「一元的管理がなされていない」と記載されています。
・調査に法的制度の裏付けを与えることが主たる目的であるとすれば、調査方法や事前届出や利用規制に強制力を持たせなかったことも理解できます。私権の制約が少なければ少ないほど、法案が国会を通過しやすいからです。
・先ずは、重要施設周辺の土地等の所有・利用形態を調査し、本格的な規制は「5年後の見直し」で行えばよい。もしそうだとすれば、本法の立法事実を、本法の調査名目で探し出そうというもので、本末転倒と言わざるを得ません。
・本法案の目的は、「安全保障の観点から、重要施設等の機能を阻害する土地等の利用を防止」する事であり、「調査」を目的とするものではありません。もし、調査目的のための法案が必要であれば、その旨の立法事実を明らかにした上で、法案を出し直すべきです。
A調査が目的だから実害がない。
・「調査が目的だから、まともな人には、私権の制約もなく実害もない、従って何の心配もありません。」これまで何回も耳にしました。
・しかし、本法によれば、特定の区域に住む善良な国民が、土地・建物の所有情報や利用実態について調査され、場合によっては罰則付きの報告聴取を求められます。「何も悪い事をしていないのであれば、番屋で取調べを受けても怖いはずがないではないか」、役人の論理です。一定の区域に住んでいるだけで、国家からの故無き調査を強いられること自体、私は、実害と考えます。
5,諸外国との比較
・先に述べましたように、本法の最も大きな欠点は、本法の目的である「機能を阻害する行為の用に供されることを防止するため」(法第1条)との要件が、具体的に何を指すのか明白でないことです。国民の私権制約の根拠が明白でないという事は、恣意的な運用が可能という事になります。
・この点、諸外国の制度と比較すると一目瞭然です。政府作成の別紙「諸外国における安全保障に関する主要な土地管理」を見てください。米国は、「土地・建物の取得・賃貸・譲渡」、豪州は「土地の収益取得を事前調査」、英国は「土地・建物の利用または利用に影響を及ぼす権限の取得」、仏は「非居住者による総額1500万ユーロ以上の不動産の取得または譲渡」、韓国は「以下の土地・建物の取得」と規制の対象となる行為は明白です。
○最後に立法府たる国会の関与について
・憲法第41条は「国会は、国権の最高機関であって、国の唯一の立法機関である」と明記されています。
・注視区域のうち重要インフラの指定が政令指定となっています。
・これまで述べてきました通り、指定区域内の住民は、大きな私権の制約を受けます。所有権やその他の人権が制約を受ける以上国会の関与は、当然だと思います。
以上
別紙「諸外国における安全保障に関する主要な土地管理」の参照