令和3年1月15日
【予防的措置の新設は、将来に禍根を残す
 
国民の不安に便乗した法改正は、危険

 

○新型コロナの爆発的感染を受けて、政府は新型コロナウイルス等対策特別措置法の改正を急いでいます。13日、政府は同法改正原案を与野党代表者連絡協議会に提示しました。
 この政府原案を受けてTXや新聞などのメディアでは、罰則規定を設けることの是非や、罰則を設けるとした場合、刑事罰か行政罰かなどの議論が盛んに行われています。
 しかし私は、この政府原案には、私有財産権に対する制限といった憲法第29条にかかわる大きな問題が提示されていると思うのです。    
 即ち、現行の特措法では、国民の自由や権利に対する制限は、緊急事態が宣言されたのち「必要最小限度」の範囲内で行われることになっています。しかし、改正原案では、「予防的措置」として、政府による緊急事態宣言の前に、都道府県知事による私権制限が可能となっているのです。「予防」という名のもとに国民の権利保護の観点が大きく後退しているのです。

○次に、改正原案の「予防的措置」を説明します。
(1)首相は、緊急事態宣言の対象となることを回避するための「予防的措置」として、措置を実施する期間、区域(都道府県単位)を公示する。
(2)・「予防的措置」の都道府県知事は、施設の営業時間の変更等を要請や命令できる。命令違反には過料の罰則。
   ・都道府県知事は、命令を発出する場合に、立ち入り検査、報告徴収ができる。これを拒否した場合、過料の罰則。
(3)臨時の医療施設は、現行法では緊急事態宣言中に開設できることとされているが、「予防的措置」の段階から開設できる。

 
○私は、この「予防的措置」の新設には、反対です。私がこの法案に反対する理由は、以下の通りです。
1、国民の私的財産権保護の観点から。
 @国民の財産権の不可侵は、憲法第29条1項によって保障されている基本的権利です。緊急事態宣言の際になされる財産権の制限は、例外です。 従って、緊急事態宣言による財産権の制限は、あくまでも緊急事態宣言の後でなければならないし、又その範囲も必要最小限度でなければなりません。時短や休業命令は、事業者に著しい業績の悪化などの負担を強いることになります、又最悪の場合には廃業、倒産といった事態にも結び付きかねません。「予防的措置」という名目で緊急事態宣言の前に、罰則をもって財産権の制限をすることは、憲法第29条1項に違反するものであって、断じて認めるべきではありません。

 A曖昧な要件は、恣意的運用の道を開く
  ・どのような場合に「予防的措置」を講じることが出来るのでしょうか。政府の説明では「政府対策本部長(首相)は、まん延の防止に関する措置を講じなければ『新型インフルエンザ等緊急事態措置』を実施すべき区域となることを回避することが困難である事態として政令で定める事態が発生したと認めるとき」だと言うのです。皆さん、この説明でお分かりですか?分からないで当たり前です。要は、緊急事態宣言の対象となることを防ぐために、「予防的」に、国民の権利を制限できる「措置」を講じたい、という事です。国民の自由や権利の制限を、このような曖昧・複雑な判断基準に委ねて良いものでしょうか。結局、理由は後付けで何とでも成るという事になりかねません。
  ・「大地震が来る」、「大地波が来る」、「感染症のパンデミックになる」、「原子力事故が起こる」。こんな事を行政機関から言われたら国民はパニックになります。科学的知見を持たず、不安に駆られた国民の多くは、先ほどの曖昧・複雑な権利制限の要件など深く考慮せず行政機関の命令に従う事でしょう。私達は、これまで「予防」のため、「保護」のため、「危険回避」のため、という名目で何回も失敗を繰り返してきました。そのたびに多くの国民の権利が侵害されてきたのです。国民の不安に便乗し「不安が通れば、道理が引っ込む」と言った愚は、断じて繰り返してはならないのです。

2、立法事実が存在しない。
  ・菅総理は、1か月ほど前まで「特措法の改正は、コロナが収束してから議論する」と言われていましたが、最近これを一転して「特措法の改正を1月中に成立させ、2月半ばから施行したい」と発言しておられます。しかも、政府原案では、いままで議論さえしてこなかった「予防的措置の創設」までが突然盛り込まれているのです。この総理の発言のブレをどう解釈すればよいのか。理解に苦しみます。不安に駆られた国民世論の激流に押し流された、と考えるしかありません。そうだとすると、もともと「予防的措置」創設の立法事実など存在しなかった、と思わざるを得ません。
  ・新型コロナの感染爆発が今や全国規模に及び、日本医師会会長は、全国規模の緊急事態宣言の実施を要望しています。ここに至って政府が行うべきことは、全国規模の緊急事態宣言であって、各都道府県別の「予防措置」ではありません。この観点からも、立法事実は存在しません。

3、その他の疑問点、不明点について
 @憲法第29条3項は「私有財産は、正当な補償の下に、これを公共のために用いることができる」と規定しています。
  ・政府は、時短や休業命令によって私有財産が制限される場合の「正当な補償」について、どのように考えているのか。
  ・国民の財産権の制約が、罰則付きの命令で強制されるのですからそれに対する国家の「補償」は、改正特措法成立と同時に補償内容が明確に示されなければなりません。
 A予防的措置における「立ち入り検査」について
  ・手続きの内容の明確化。
  ・「立ち入り検査」の正当性の担保について(特に司法の関与の有無)。

今回の特措法改正について、問題点は多々あると思います。メディアなどでは議論になっていませんが、私の問題意識で一番の「予防的措置」に絞って意見を述べてみました。
政府の役人は、国会議員に対して「要件を明確にするので賛成してほしい」と説得しているようです。しかし、要件の明確化は無理です。それは、法律を作る政府の役人自身が1番良く知っています。
世論では、菅政権のコロナ対策は「緩い」「遅い」の大合唱です。しかし、国民の自由や権利に関する法律改正は、火事場騒ぎの喧騒の中ではなく、落ち着いた、冷静な環境での判断が望まれます。そうでなければ、結局損をするのは国民ですから。

以上

2021.1.15.
公明党顧問 
漆原 良夫