令和2年6月12日
弁護士 漆 原 良 夫
○ 政府与党は、検察官の定年延長を可能とする検察庁法改正案の、今国会での成立を見送ることにしました。
安倍総理は、「国民の理解なしに前に進むことはできない」と判断し、今 国会での成立を断念したのです。
心配されていた強行採決は、辛うじて回避されました。国民の声が政治を動かした大きな成果として敬意を表したいと思います。
○ この法案には、一主婦の皆さんから元検事総長経験者まで、幅広い国民の皆さんから「改正反対」の声が燎原の火のごとく燃え広がりました。
多くの国民が、政治権力の介入によって検察の「不偏不党性」や 「独立性」が歪められる危険性を敏感に感じ取ったからです。
皆さん、「ロッキード事件」や「リクルート事件」を覚えておられますか。いずれも政界、官界、財界を揺るがす一大贈収賄事件です。特に「ロッキード事件」は、元総理大臣が逮捕されるという大変ショッキングな事件でした。
当時の検察官は、「巨悪を眠らせない!」という強い信念のもと、政官財の闇にメスを入れていったと聞いています。
検察が、時の権力に迎合したり、権力の意向を忖度したりしたならば、到底国民の信頼を得ることはできません。検察にとって、「法と正義」は職務執行の道標であり、「不偏不党」は、検察の命そのものです。
○ 今回の改正案は、内閣や法務大臣が必要と認めた場合、検事総長、次長検事、検事長などの幹部検事の定年を最長で3年間延長できるというものです。
特定の幹部検察官の定年延長を、時の内閣の裁量に委ねて良いのか、ということが問われているのです。
以下、疑問点を述べてみたいと思います。
1、そもそも、内閣に幹部検事の人事権を握られた検察に、政治権力からの公正性や独立性を期待できるでしょうか。
更に、内閣や法務大臣が必要と認めた場合とは、どんな場合なのか。森法務大臣の国会答弁でも明確な判断基準は示されませんでした。
これでは、人事を通じて容易に政治の介入を許すことになりかねません。多くの国民の皆さんが、検察の不偏不党性や独立性が脅かされると心配 するのは、当然です。
2、 次に、「戦後歴代内閣は、検察官の人事については努めて抑制的で あった」ということです。
それは、これまでも述べてきたように、検察官には逮捕権、公訴提起権といった強い権限を与えられています。そして、その対象は政界にも及ぶことから、政治権力からの公正性や独立性が特に求められるからです。
以下、歴代内閣が、「検察官の定年延長」について、いかに抑制的な対応をしてきたか2つの例で説明をします。
@ 明治憲法時代には、検察官の定年延長を認める規定がありました。しかし、三権分立を定めた現行憲法の下で制定された検察庁法では、政治からの公正性、独立性の観点から定年延長を認めた規定は、削除されました。
A 検察官の定年延長の可否について歴代内閣は、政府の統一見解として「国家公務員法の定年延長の規定は、検察官の定年延長には適用されない」、(検察庁法では、検事の定年延長を認める規定が存在しないのだから)「検察官の定年延長は、認められない」と解釈してきました。
これは、検事も国家公務員ではあるものの、これまで述べてきたように、「検察官の職責の特殊性に鑑み、一般の国家公務員とはおのずからその取扱いを異にすべきものである」との考えによるものです。
○ 政府は、検察官の定年延長の必要性について「複雑困難な事件に対応するため」、「豊富な知識や経験を活用するため」、「検事も国家公務員であることに変わりはない」などと説明をしています。
しかし、この政府の説明からは、戦後歴代内閣が築き上げてきた検察官の職務の公正性や独立性に対する配慮が、残念ながら感じられません。
歴代内閣が、何故検察官の定年延長に抑制的な対応をしてきたのか、検察官の職務の特殊性とは何か、検察官の職務の公正性、独立性は何故要求されるのか、十分な検証が必要だと思います。
以上
|