記
― 同期の桜 ―
〇私と菅総理は、平成8年初当選の同期です。
自公連立以来、菅さんを中心とする自民党若手グループと公明党の若手グループが、2か月ごとに懇親会を持ち自由に意見を交換してきました。今は、皆さんそれぞれ大臣とか幹事長とか要職を歴任されておられますが、当時はみんな無役・自由の身です。酒を飲みながら(但し、菅さんは、下戸)喧々諤々の議論です。
中には、茶碗をたたいて歌いだす人もいます。菅さんは、安倍内閣の官房長官になられてからもご多忙の中、20分でも30分でも時間を創って参加して下さいました。
「菅さん」、「うるさん」と呼びあっていた仲間が、日本の総理大臣になったのです。こんなに嬉しいことはないし、誇らしいことはありません。
― 二つの裁判 ―
〇政治は、残酷ですね。庶民宰相として嘱望された菅総理の在任期間は、2020年9月16日から翌2021年10月4日までのわずか1年間でした。
しかし、その間の実績たるや流石「仕事師内閣」です。他の内閣の遠く及ばないところです。因みに、菅内閣が実現した1年間の実績を書き出してみました。
① 不妊治療の保険適用(2020年9月)。
② 日米豪印「クワッド」の枠組みの推進(2020年9月東京で外相会談、2021年9月にワシントンで首脳会談)。
③ カーボンニュートラル宣言(2020年10月)。
④ 携帯電話料金の値下げ(2021年2月~3月)。
⑤ コロナワクチンの提供(2021年7月~9月)。
⑥ 東京オリンピック、パラリンピックの開催(2021年7月、8月)。
⑦ デジタル庁の設置(2021年9月)。
⑧ 米国の福島産輸入規制の撤廃(2021年9月)
〇菅内閣のこれらの実績は、既に多くの文献で紹介され、高い評価も得ています。
しかし、私がここで取り上げたいのは、自公連立政権の菅内閣が「建設アスベスト訴訟」と「黒い雨訴訟」という二つの裁判で、被害者救済の扉を大きく開いたことに焦点を当てたいと思うのです。
― 建設アスベスト訴訟 ―
建設アスベスト給付金制度の創設
〇建設アスベスト訴訟とは、建設現場でアスベスト(石綿)含有建材を直接吸ったり、飛散するアスベストを吸引したりして、健康被害を受けた建設労働者とその遺族が、アスベストの危険性を知りながらアスベスト含有建材を製造、販売し続けたメーカーと、規制を怠ってきた国に対して損害賠償を請求している裁判です。
〇令和3年(2021年)5月17日最高裁判所は、建設アスベト損害賠償請求訴訟の判決で、国及びアスベストを製造したメーカーの責任を認める判断を示しました。被害者勝訴の判決です!
しかし、アスベストの被害を受けた建設労働者の皆さんが、その救済(損害賠償)を求めて裁判を提起してから、実に13年の歳月を要しました。そしてその間に7割近くの人が既に亡くなっているのです。司法(裁判)手続きによる救済は、余りにも遅すぎます。
〇最高裁判決の翌日、アスベスト原告団の皆さんは、首相官邸に招待され菅総理に面会しました。
席上、被害者原告団の一人・大坂春子さん(当時77歳)は被害者を代表して次のように挨拶をしました。
・裁判提起から解決まで13年もかかったこと。
・その間に、原告団の7割の人が亡くなったこと。
・自分の夫も長男もアスベストで亡くなったこと。
・そして最後に「全国で被害者原告951人中、提訴前に423人が、そのうえ提訴後にも252人が亡くなっています。生きている被害者はわずか276人、29%に過ぎません。裁判をせずに全ての被害者が救済される制度を作ってほしいと心から願っています」と菅総理に訴えたのです。
〇菅総理は、挨拶で次のように述べられました。
・「昨日、最高裁判所において建設アスベスト訴訟に関して、国敗訴の判決が確定しました。この間、健康被害を受けられた方々のご負担や苦しみ、そして最愛のご家族を失った悲しみについて、察するに余りあり、言葉もありません。心よりお詫びを申し上げます。」
・「また、現在提訴されている方々以外にも、健康被害に苦しまれ、今後発症される方もいらっしゃると思います。政府としても、与党と一体となって、こうした皆さんへの給付金制度の実現に取り組んでまいります。」
〇菅総理のこの発言により、被害者の皆さんの要望通り、裁判によらない解決方法として「建設アスベスト給付金制度の創設」が決まったのです。
総理の決断を受けて、政府・与党一体となって「特定石綿被害建設業務労働者等に対する給付金等の支給に関する法律」案を作成し、令和3年6月9日に議員立法として成立しました。
この法律により被害者の皆さんは、裁判手続きによらず、直接国に給付金の請求をすることによって、その病態区分に応じて550万円~1300万円の範囲で給付金の支給を受けられることに成ったのです。
また、この制度の創設により、アスベスト被害者への給付金の支払いは、年単位から月単位(2~3か月)に劇的に短縮されることになりました。
*なお、詳細はうるさん奮闘記、令和3年9月22日「建設アスベスト給付金制度の創設」を参照してください。
― 黒い雨訴訟 ―
〇広島への原爆投下の直後に降った「黒い雨」を浴びて被爆したにも拘らず、その「黒い雨」を浴びた地域が国の援護対象とする地域から外れていたために、被爆認定されない人達が沢山おられました。
「黒い雨訴訟」とは、その人達が原告となって、自分達を被爆者と認め援護対象に含めるよう国等に求めて提起した集団訴訟のことを言います。この裁判では、国が指定した援護区域の外にいた住民(原告)達が、被爆者に該当するか否かが最大の争点となりました。
〇2021年7月14日、広島高等裁判所は、1審の広島地方裁判所と同じく、広島への原爆投下後、放射性物質を含む「黒い雨」を浴びた住民(原告)ら84人全員を被爆者と認め、被爆者健康手帳を交付するように命じました。国、敗訴の判決です。
国は、この判決に対して、上告をして最高裁判所の判断を仰ぐべきか否か判断を迫られます。厚労省や法務省などの官僚は、上告すべしという見解です。最終判断が、菅総理に委ねられました。
〇菅総理は熟慮の結果、被害者救済を優先する見地から、「上告断念」の政治決断をされました。そして、次のような総理大臣談話を発表されたのです。
・「黒い雨」判決について「どう対応すべきか、私自身、熟慮に熟慮を重ねてきました」。
・「国の責任において援護するとの被爆者援護法の理念に立ち返って、その救済を図るべきであると考えるに至り、上告を行わないことと致しました」。
・また「84名の原告の皆様と同じような事情にあった方々については、訴訟への参加・不参加にかかわらず、認定し救済できるよう、早急に対応を検討します」。
〇この総理大臣談話は、「黒い雨」被害者の救済方法として画期的な内容が述べられています。
その一つは、裁判を起こした84名の原告の皆さんには、上告をせず、速やかに被爆者健康手帳を発行すること。
二つ目は、裁判を起こさなかった被害者の皆さんも、原告らと同様に被爆者と認定し、救済する措置を講ずると確約した事です。裁判によらない救済方法が創設されれば、時間的にも、経済的にも被害者の負担は大いに軽減され、被害者救済の道は、大きく開けるのです。
― 自公連立政権下の被害者救済法 ―
〇「司法的救済」は、裁判所から勝訴判決を得た者だけが救済されるという意味で、個別的かつ限定的です。これに対して「政治的救済」は、そもそも救済目的に従って制度そのものを創設するというものですから、一般的かつ抜本的です。被害者の救済に着眼すれば、政治的救済が優れていることは論を待ちません。
しかし、従来の法的構成を変更するためには、「法的安定性」を最も尊しとする、日本の膨大な官僚群を説得しなければなりません。このことは、総理大臣や所轄大臣といえども例外ではありません。坂口厚生労働大臣がハンセン病裁判の控訴断念の決断をした時も当時の官僚たちはこぞって「殿ご乱心!」とばかりに大反対をしたのです。
従って、大きな制度変更のためには、政治家と官僚間の信頼関係と官僚を説得できる政治力(制度改革の論理性・必然性、政治家の信念や情熱などの総合力)が必要です。
〇中国残留孤児支援法は第1次安倍内閣で、同支援法による支援の対象を残留孤児の配偶者にも拡大する法律は、第2次安倍内閣で成立しました(詳細は、自公今昔物語第4ノ巻・安倍晋三総理大臣編)。そして、建設アスベスト給付金の創設と黒い雨訴訟の上告断念は、いずれも菅内閣で実現しています。
被害者救済という大きな法制度の改革が、いずれも自公連立政権下で実現した事実を強調したいと思います。官僚を敵視した民主党政権と官僚を使い切った自公連立政権の政治力の違いと自負しています。
令和5年11月20日
元公明党国会対策委員長
弁護士 漆原 良夫