皆さん、こんにちは!早いものでもう師走です。皆さん、いかがお過ごしでしょうか。
高市総理の「台湾有事は存立危機事態」発言以来1か月になりますが、日中関係の悪化に歯止めが掛かりません。ここで一度立ち止まって問題点を整理してみたいと思います。
<総理発言と評価>
〇11月7日、高市総理は衆議院予算委員会で、台湾有事の認識について問われると「(中国が)戦艦を使って、そして武力の行使を伴うものであれば、どう考えても存立危機事態になり得る」と答弁しました(以下、下線は筆者)。
〇「存立危機事態」と認定されれば、武力行使が可能となりますので、中国側は「高市総理の発言は、台湾の状況次第で日本が武力介入に踏み切る可能性を示唆した」と認識し、発言の撤回を求めると共に猛反発をしているのです。
〇私の結論を最初に申し上げれば、台湾問題に関する高市総理のご発言は、国内法に対する理解の不十分さと対中国外交に対する未熟さを露呈したものだと思います。
以下、国内法の問題点と対中国外交から見た問題点を分けて論じます。
<国内法の問題点>
〇2014年7月1日安倍内閣は、日本が自衛権を発動する際に満たすべき要件を閣議決定しました。これが、武力行使の「新三要件」と言われるものであり、内容は以下の通りです。
1, 我が国に対する武力攻撃が発生したこと、@又は我が国と密接な関係にある他国に対する武力攻撃が発生し、Aこれにより我が国の存立が脅かされ、B国民の生命、自由及び幸福追求の権利が根底から覆されるC明白な危険があること(以上下線が「存立危機部分事態」)。
2, これを排除し、我が国の存立を全うし、国民を守るために他に適当な手段が無いこと。
3,必要最小限度の実力行使にとどまるべきこと。
〇武力行使の「新三要件」では、「存立危機事態」でも武力行使が可能となりました。即ち、これまでは我が国に対する「急迫不正の侵害」があった場合にのみ可能とされていた武力行使が、我が国に対する武力行使が無い場合にも「存立危機事態」と認定されれば武力行使が可能となったのです。
なお、専ら他国防衛を目的とする「集団的自衛権」の行使は、日本国憲法の容認するところではありません。従って、「存立危機事態」における武力行使は、自国防衛を目的とした「個別的自衛権」の一形態として厳格な要件の下でのみ憲法上容認されます(フルスペックでの集団的自衛権の行使容認を目論む安倍総理と、現行憲法上集団的自衛権の行使は容認できないとする公明党との間で壮絶な論争の末、「存立危機事態」で安倍総理が譲歩した経緯があります。このことは、令和4年10月20日の「ウルさんの自公今昔物語」第4ノ巻に詳述しています)。
〇 仙台高等裁判所の2023年12月5日の判決は「平成26年閣議決定による武力の行使の新三要件による限定的な要件や、その厳格かつ限定的な解釈を示した政府の国会答弁も踏まえて検討すると、平成26年閣議決定や平和安全法制によって、それまで政府の憲法解釈において一貫して許されないと解されてきた集団的自衛権の行使が、このような限定的な場合に限り憲法上容認されると解されることになったとしても、憲法9条1項の規定や憲法の平和主義の理念に明白に違反し、違憲性が明白であると断定することまでは出来ない」と判示しています。
〇平和安全法制の違憲性について、立憲民主党の野田代表は「違憲部分はこれまで見つかっていない」と発言(11月7日)し、枝野幸男元代表も「成立後の10年間、違憲の部分はない。だから変えなくていい」(10月25日)と発言されています。
平和安全法制は、「合憲か違憲か」と国論を二分した平和安全法制の成立から10年が経過しました。隔世の感があります。
〇高市総理発言の問題点
・安倍総理発言との比較
安倍総理の「存立危機事態」に関する国会答弁(2015.9)は、
「他国のために使う集団的自衛権ではなく、まさに我が国の存立が脅かされ、国民の生命、自由及び幸福追求の権利が根底から覆される明白な危険があるときに、そして他に手段が無い、さらにはその行使は必要最小限にとどまるべし」と極めて丁寧で抑制的な答弁をされています。
翻って、高市総理の発言は「(中国が)戦艦を使って、そして武力の行使も伴うものであれば、どう考えても存立危機事態になり得る」というもので、一体「何をどう考えたのか」全く不明です。高市総理が師匠と仰ぐ安倍総理の答弁に比べ、いかにも粗雑の感を免れません。
・平和憲法下における武力行使の要件
平和憲法下における武力の行使は如何にあるべきか。歴代内閣の精緻な議論の積み重ねにより、武力行使の「新三要件」や「存立危機事態」といった厳密な要件の下でのみ武力の行使が許容されることになったという経緯があります。
このような経緯を一切無視し「どう考えても」というだけでは、政府に無制限な武力行使を許すことになり到底許容できません。
・台湾は「他国」に当たるか
存立危機事態は、「日本と密接な関係にある『他国』に対する武力攻撃が発生」した場合に認められる事態です。
1972年の「日中共同声明」では、「中華人民共和国は、台湾が中華人民共和国の領土の不可分の一部であることを重ねて表明する。日本国政府は、この中華人民共和国の立場を十分理解し、尊重する」と記載されています。
我が国は、「日中共同声明」で台湾が中国領土の不可分の一部であることを「十分理解し、尊重する」としているのですから、台湾は存立危機事態で規定する「他国」に当たらず、台湾有事で存立危機事態は想定されないという事になります。
・元内閣法制局長官・宮崎礼壱氏の見解を紹介します。
「結論を先に申し上げると安保法制が合憲だと仮定しても、法的に見れば台湾有事に集団的自衛権すなわち存立危機事態が成立する余地はそもそもないのではないでしょうか」、そしてその理由として「集団的自衛権の国際法上の根拠規定は国連憲章51条で、国連加盟国に対して武力攻撃が発生することが前提条件です。しかし、主要国は台湾を独立国として認めておらず、国連加盟国でもない。加えて、当事国で、安保理常任理事国でもある中国は『一つの中国』を主張し、日本もこれを尊重するとしてきています。台湾については、集団的自衛権を行使する国際法上の前提条件が無いのです」(2025年12月4日付け朝日新聞朝刊)と述べられています。
<対中国外交から見た問題点>
〇「台湾有事」や「存立危機事態」に関する歴代総理の発言
・安倍総理の慎重な発言は、前に紹介した通りです。
・岸田総理は台湾有事の質問に対し、「我が国の対応は個別具体的な事態の状況によって決まる者であり、現時点で断定的にお答えすることは控えなければならないが、いずれにせよ、憲法、国際法、平和安全法制を始めとする国内法令に従い、具体的な対応を考えていく」と答弁されています。
・石破総理「台湾有事という仮定の質問に対し、私の認識を含め、政府として答えることは差し控えるが、台湾海峡の平和と安定は、我が国の安全保障はもとより、国際社会全体の安全にとっても重要であり、台湾を巡る問題が対話により平和的に解決することを期待するというのが、我が国の従来からの一貫した立場である」と答弁。
〇以上の通り「存立危機事態」や「台湾有事」に関し、日本政府は、これまで「個別の状況に即して総合的に判断する」と曖昧な答弁に終始してきました。
しかしそれは、次の理由により“敢えて戦略的にあいまいな答弁”を選択したのです。
・「相手に具体的な手の内を見せない」・・存立危機事態を状体的なケースで明確にすれば、それ以外は存立危機事態ではないことを明らかにすることになります。敢えて手の内を明かさないことが、抑止になります。
・「中国を刺激しない」・・台湾問題は、中国にとって「核心中の核心」と言われています。不用意に触れないことが賢明との判断によるものです。
〇「言うべき事は言う!」。高市総理の歯切れの良さは、小気味よく響きます。然し、国益に直結する外交に関しては、小気味の良さだけでは解決できません。外交に関しては、高市総理も安倍総理を始めとする先輩総理の知恵に謙虚に学ぶべきだと思います。
以上
2025年12月10日
元公明党国会対策委員長
弁護士 漆原 良夫